ホーム>植物学的統合理論>分子系統学の解像度 第6回 多肉植物分類群における核ゲノム解析の意義
分子系統学の解像度 第6回

多肉植物分類群における核ゲノム解析の意義

はじめに

これまで5ページにわたり、cpDNAからITS、multi-locus解析、そして核ゲノム規模解析へと至る分子系統学の発展を概観してきました。各手法はそれぞれ固有の強みと限界を持ちながら、種分化と系統関係を理解するための解像度を段階的に引き上げてきたといえます。本シリーズの最終ページでは、これらの手法が多肉植物分類群においてなぜ特に大きな意義を持つのかを、進化的背景に立ち返りながら総括します。

1. 多肉植物の進化的特徴

多肉植物とは、特定の分類群を指す単一の系統名ではなく、乾燥環境への適応として貯水組織を発達させた植物群の総称です。この生活形は、サボテン科、トウダイグサ科、キョウチクトウ科、ベンケイソウ科、ススキノキ科(アロエ亜科)、キジカクシ科(アガベ亜科)など、被子植物の系統樹上の互いに離れた複数の系統において独立に、しかも比較的近い地質学的時代に繰り返し進化してきたことが知られています(Arakaki et al., 2011)。この「独立した起源を持つ生活形の同時多発的進化」という性質こそが、多肉植物の分類学的取り扱いを本質的に難しくしている根本的な要因です。

2. 収斂進化の多発

貯水組織の発達、CAM型光合成、棘状構造への器官転用といった多肉植物に特徴的な形質は、いずれも乾燥という共通の選択圧に対する適応的応答として、系統的に無関係な複数の系統で独立に獲得されてきました。この収斂進化の帰結として、外部形態にもとづく伝統的な分類体系では、実際には近縁でない分類群が同一の科・属に配置されたり、逆に近縁な分類群が形態の違いによって別系統として扱われたりする事例が生じやすくなります。分類群間で独立に生じた進化的革新が、見かけ上類似した表現型として収斂する過程は、適応的最適値(アダプティブ・オプティマム)への収束としてモデル化することができます。形質進化を確率過程として扱うOrnstein-Uhlenbeckモデルでは、この過程は次のように表されます。

$$ dX(t) = \alpha(\theta - X(t))\,dt + \sigma\,dW(t) $$

ここで X(t) は時刻 t における形質値、θ は選択によって引き寄せられる最適値、α はその最適値への回帰の強さ(選択圧の強さ)、σ は確率的なゆらぎの大きさを表します(Hansen, 1997)。この式が示す本質は、系統的に離れた複数の系統であっても、同一の最適値 θ(すなわち乾燥環境という共通の選択圧)に強く引き寄せられる場合(α が大きい場合)、それらの形質値は系統関係とは無関係に類似した値へと収束しうるということです。これはまさに、形態形質のみに依拠した分類がなぜ多肉植物群において体系的に誤りやすいのかを、定量的に説明する枠組みといえます。

3. 形態が環境応答で変化しやすい

多肉植物の形態は、遺伝的な系統関係だけでなく、生育環境への短期的な応答としても大きく変化します。貯水組織の発達程度や体色、棘の密度といった形質は、日照条件や水分条件によって同一個体・同一系統内でも顕著に変動することが知られており、栽培条件下と自生地とで印象が大きく異なる事例も少なくありません。こうした表現型可塑性の高さは、収斂進化の問題とは独立に、形態形質にもとづく分類同定そのものの再現性を損なう要因となります。長期的な栽培経験を通じて、こうした環境応答による変異の幅を実地で把握していることは、どの形質が系統的シグナルとして信頼でき、どの形質が環境要因によって攪乱されやすいかを判断するうえで、分子データの解釈を補完する重要な知見となります。

4. 種境界が曖昧な属が多い

以上のような収斂進化と表現型可塑性が重なり合う結果、多肉植物には種境界の判定が伝統的に困難とされてきた属が数多く存在します。Aloe属やEuphorbia属のように種数が多く形態変異の幅が広い属では、近縁種間の形態的境界がしばしば連続的であり、外部形態のみによる種同定が研究者間で一致しないことも珍しくありません。Agave属やDudleya属では、これに加えて種間交雑や倍数化が頻繁に生じるため、cpDNAのような母性遺伝マーカーだけでは交雑起源の分類群の由来を正確に把握することができません。こうした属における種境界の曖昧さは、単に記載が不十分であることに起因するのではなく、収斂・交雑・表現型可塑性という複数の要因が重層的に作用した結果として理解する必要があります。

5. 核ゲノム解析が分類体系をどう改善するか

本シリーズを通じて見てきたように、核ゲノム規模解析は、これらの問題に対して従来の手法にはなかった解決の道筋を提供します。ゲノム全体にわたる中立的なSNPパターンは、形態を規定する少数の適応的遺伝子座とは異なる進化的動態をたどるため、収斂によって覆い隠された真の系統関係を、形態から独立に復元することを可能にします。また、target enrichmentのような手法によって得られる数百規模の遺伝子座は(Johnson et al., 2019)、ILSと交雑を統計的に切り分けるための十分な情報量を提供し、STRUCTUREに代表される集団構造解析(Pritchard et al., 2000)やD統計量にもとづく交雑検出(Durand et al., 2011)と組み合わせることで、Agave属やDudleya属のような交雑の多い分類群についても、由来の異なるゲノム領域を識別しながら分類学的判断を下すことが可能になります。こうした知見は、記載分類学における形態形質の再評価にも直接的なフィードバックをもたらし、分子データと栽培経験にもとづく形態観察とを相補的に統合した、より頑健な分類体系の構築を可能にします。

おわりに――シリーズ全体のまとめ

本シリーズでは、1990年代のcpDNA解析に始まり、ITSによる種レベル解像度の向上、multi-locus解析による遺伝子樹・種樹問題の理論的整理、そして核ゲノム規模解析による高解像度の系統推定へと至る分子系統学の発展を概観してきました。この発展の軌跡は、単に技術的な精度向上の歴史であるだけでなく、分類体系を規定する証拠のあり方そのものが、形態形質から分子データへと重心を移してきた過程でもあります(Chase et al., 2016 として結実したAPG体系の展開はその象徴です)。とりわけ多肉植物のように、収斂進化・表現型可塑性・種間交雑という複数の攪乱要因が重なり合う分類群において、核ゲノム規模解析は、形態のみでは到達できない系統学的解像度をもたらす不可欠な手段となっています。分子データと、長期にわたる栽培・観察を通じて蓄積される形態的知見とを組み合わせることこそが、多肉植物分類群の分類体系を今後より頑健なものへと再構築していくための、現実的な道筋であるといえるでしょう。

参考文献

  • Arakaki, M., Christin, P.-A., Nyffeler, R., Lendel, A., Eggli, U., Ogburn, R. M., Spriggs, E., Moore, M. J., & Edwards, E. J. (2011). Contemporaneous and recent radiations of the world’s major succulent plant lineages. Proceedings of the National Academy of Sciences, 108(20), 8379–8384. https://doi.org/10.1073/pnas.1100628108
  • Chase, M. W., Christenhusz, M. J. M., Fay, M. F., Byng, J. W., Judd, W. S., Soltis, D. E., Mabberley, D. J., Sennikov, A. N., Soltis, P. S., & Stevens, P. F. (2016). An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG IV. Botanical Journal of the Linnean Society, 181(1), 1–20. https://doi.org/10.1111/boj.12385
  • Durand, E. Y., Patterson, N., Reich, D., & Slatkin, M. (2011). Testing for ancient admixture between closely related populations. Molecular Biology and Evolution, 28(8), 2239–2252. https://doi.org/10.1093/molbev/msr048
  • Hansen, T. F. (1997). Stabilizing selection and the comparative analysis of adaptation. Evolution, 51(5), 1341–1351. https://doi.org/10.1111/j.1558-5646.1997.tb01457.x
  • Johnson, M. G., Pokorny, L., Dodsworth, S., Botigué, L. R., Cowan, R. S., Devault, A., Eiserhardt, W. L., Epitawalage, N., Forest, F., Kim, J. T., Leebens-Mack, J. H., Leitch, I. J., Maurin, O., Soltis, D. E., Soltis, P. S., Wong, G. K.-S., Baker, W. J., & Wickett, N. J. (2019). A universal probe set for targeted sequencing of 353 nuclear genes from flowering plants. Systematic Biology, 68(4), 594–606. https://doi.org/10.1093/sysbio/syy086
  • Pritchard, J. K., Stephens, M., & Donnelly, P. (2000). Inference of population structure using multilocus genotype data. Genetics, 155(2), 945–959. https://doi.org/10.1093/genetics/155.2.945