分子系統学の解像度 第5回
核ゲノム解析(RAD-seq / target enrichment / WGS)――基礎から応用へ
はじめに
前ページまでで見たように、cpDNAやITS、あるいは少数の核遺伝子座を用いたmulti-locus解析は、遺伝子樹の不一致という現象を通じて、種分化過程の複雑さを浮き彫りにしてきました。しかし、数個から数十個程度の遺伝子座では、こうした不一致の背後にある集団遺伝学的パラメータ(分岐年代、有効集団サイズ、交雑の程度)を精度よく推定するには情報量が不足します。この制約を解消したのが、次世代シークエンシング技術にもとづく核ゲノム規模解析です。本ページでは、RAD-seq、target enrichment、全ゲノムシークエンシング(WGS)という代表的な三つの手法の原理を整理したうえで、これらが多肉植物分類群の系統解析にどのような具体的意義をもたらすのかを論じます。
1. 核ゲノムの特徴とSNPの扱い
核ゲノムは、cpDNAやITSとは対照的に、両親由来の対立遺伝子が組換えを伴いながら伝達される、組換え型の遺伝様式を持ちます。核ゲノム規模解析では、個々の遺伝子座の配列全体を比較するのではなく、ゲノム中に散在する一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)を大量に検出し、これを系統推定や集団構造解析の基本単位として扱うことが一般的です。SNPは変異部位あたりの情報量こそ小さいものの、ゲノム全体から数千から数十万カ所という規模で得られるため、集約すると極めて高い統計的解像度をもたらします。また、組換えを伴う核ゲノムでは、ゲノム上の位置によって異なる遺伝子系譜(局所系統)が併存しうるため、SNPをどの単位で扱うか——連鎖不平衡を考慮した独立な遺伝子座として扱うか、あるいはゲノム全体を単一の情報源として扱うか——は、解析設計上の重要な論点となります。
2. RAD-seqの原理
RAD-seq(Restriction site-Associated DNA sequencing)は、制限酵素によってゲノムを断片化し、特定の制限酵素認識部位に隣接する領域のみを選択的にシークエンシングする手法です。ゲノム全体を網羅的に読む必要がないため、比較的低コストで多数の個体・多数の遺伝子座を同時に解析できるという利点があります。一方で、制限酵素部位そのものに変異が生じた場合、その部位がシークエンシング対象から脱落してしまう「アレル・ドロップアウト」と呼ばれる現象が生じうる点には注意が必要です。この特性から、RAD-seqは種内から近縁種間程度の、比較的浅い分岐スケールでの集団構造解析や系統地理学的研究に特に適した手法として位置づけられています。
3. target enrichmentの原理
target enrichment(標的濃縮法)は、あらかじめ設計されたプローブを用いて特定の遺伝子座のみを選択的に捕獲し、濃縮したうえでシークエンシングする手法です。被子植物全体を横断的に解析できるよう設計された353遺伝子座のユニバーサルプローブセット(Johnson et al., 2019)のように、汎用性の高いプローブセットが整備されたことで、系統的に離れた分類群を比較する研究でも標準化された遺伝子座を用いることが可能になりました。また、標的濃縮とゲノムスキミング(低深度の全ゲノム解読によりcpDNAやnrDNAを副産物として同時に得る手法)を組み合わせたHyb-Seqのようなアプローチ(Weitemier et al., 2014)は、単一の実験系から核・葉緑体双方の情報を効率的に得られる点で、実務上のコストパフォーマンスに優れた手法として広く採用されています。target enrichmentはRAD-seqに比べて対象遺伝子座を任意に選択できる自由度が高く、博物館標本のような劣化DNAサンプルにも適用しやすいという利点もあります。
4. WGSの利点と欠点
全ゲノムシークエンシング(WGS: Whole Genome Sequencing)は、ゲノム全体を網羅的に解読する手法であり、原理的には最大限の情報量を提供します。イントロン領域や遺伝子間領域を含めたゲノム全体の変異パターンを捉えられるため、集団構造の推定や適応進化の検出において最も高い解像度をもたらします。実際、被子植物を含む1000種を超える植物のトランスクリプトーム規模データを比較した大規模プロジェクトは、ゲノム規模データが植物界全体の系統関係の再構築にどれほど貢献しうるかを示す代表例です(One Thousand Plant Transcriptomes Initiative, 2019)。一方で、WGSはシークエンシングコストが相対的に高く、大きなゲノムサイズを持つ分類群や、倍数体・高い反復配列含量を持つ分類群では、データ量とアセンブリの複雑さが実務上の制約となる場合があります。このため、研究目的や分類群の性質に応じて、RAD-seq、target enrichment、WGSを使い分ける、あるいは組み合わせることが現実的な選択となります(Spooner, 2012)。
5. 種境界のゲノム的定義と集団構造
核ゲノム規模のデータが利用可能になったことで、種境界を集団遺伝学的に定義するという発想が現実的な選択肢となりました。集団間の遺伝的分化の程度を定量する古典的な指標として、Wrightの固定指数 F_ST があります。
ここで H_T は全体集団におけるヘテロ接合度の期待値、H_S は各亜集団内におけるヘテロ接合度の期待値の平均を表します。この式が示す本質は、集団全体で見られる遺伝的多様性のうち、どれだけの割合が亜集団間の分化によって説明されるかということです。F_STが0に近ければ集団間に実質的な遺伝的分化がなく、1に近づくほど集団間の分化が進んでいることを意味します。この指標に加え、STRUCTUREに代表される個体ごとの祖先集団帰属割合(admixture proportion)を推定するベイズ的クラスタリング手法(Pritchard et al., 2000)は、形態的に連続的な変異を示す分類群において、遺伝的に区別可能な集団単位を客観的に検出する手段として広く用いられています。こうした手法は、外部形態のみでは判断が難しい種境界に、定量的な根拠を与えるものです。
6. 雑種起源の検出と系統不一致の解消
核ゲノム規模のデータは、multi-locus解析の段階では検出が難しかった交雑起源をより精度よく特定することを可能にします。前ページで紹介したABBA-BABA検定(D統計量)のような手法は、少数の遺伝子座では統計的検出力が不足しがちですが、ゲノム全体から得られる多数のSNPを用いることで、微弱な、あるいは古い時代に生じた交雑シグナルまで検出できるようになります(Durand et al., 2011)。また、遺伝子樹の不一致がILSに由来するのか交雑に由来するのかという、multi-locus解析の段階では切り分けが難しかった問題も、ゲノム全体にわたる不一致パターンの分布を解析することで、より高い確度で解消できるようになりました。
7. 適応進化の遺伝的基盤
ゲノム規模データのもうひとつの重要な応用が、適応進化の遺伝的基盤の解明です。中立的な遺伝的浮動によって生じる分化と、自然選択によって特定の遺伝子領域に生じる分化とは、ゲノム全体にわたる分化パターンの分布を比較することで統計的に区別することが可能です。乾燥適応や多肉質形質の獲得に関与する遺伝子領域を、こうしたゲノムスキャンの枠組みで特定する試みは、形態進化の分子的基盤を直接的に解明する道を開くものです。
8. 多肉植物で核ゲノム解析が有効な理由――形態の収斂とゲノムの非相関性
これまでのページで繰り返し述べてきたように、多肉植物は乾燥適応にともなう形態的収斂が著しく、系統的に遠縁な分類群が独立に酷似した形態を獲得する事例が世界の主要な多肉植物系統で広く観察されています(Arakaki et al., 2011)。形態形質は適応的な収斂の影響を強く受ける一方、ゲノム全体にわたる中立的な変異パターンは、こうした収斂の影響を受けにくいという性質を持ちます。すなわち、形態の類似性とゲノム全体の類縁性は、原理的に相関しないことが期待されるのです。核ゲノム規模解析は、この非相関性を積極的に利用し、収斂によって覆い隠された真の系統関係を復元する手段を提供します。分類群間で独立に生じた進化的革新が組み合わさることで新規性が生まれる過程を理解するうえでも、形態とは独立に評価できるゲノム規模の系統情報は不可欠です(Donoghue & Sanderson, 2015)。
9. 種レベルの分類体系の再構築
以上のような核ゲノム規模解析の蓄積は、cpDNAやITS、あるいは少数の核遺伝子に依拠した従来の分類体系を、集団遺伝学的根拠にもとづいて再検証する動きを加速させています。形態的類似性にもとづいて統合されてきた分類群が実際には複数の独立した系統から構成されていることが明らかになる一方、形態的に分化して見える集団が遺伝的にはひとつのまとまりとして扱うべきであることが示される事例も報告されています。こうした再構築は、単に学術的な分類体系の更新にとどまらず、保全上の優先順位づけ——遺伝的に独自性の高い集団を保全単位として認識すること——にも直結する実践的な意義を持ちます。
おわりに
RAD-seq、target enrichment、WGSという三つの手法は、それぞれコスト、解像度、適用範囲において異なる特性を持ちながらも、いずれも核ゲノム規模の情報を活用することで、multi-locus解析までの段階では解消できなかった遺伝子樹の不一致や交雑起源の問題に、より高い解像度で応えるものです。とりわけ形態的収斂の著しい多肉植物分類群において、これらの手法は形態に依存しない客観的な系統関係の復元と、種境界の再定義を可能にする重要な基盤となっています。最終ページでは、こうした核ゲノム解析が多肉植物分類群全体の分類体系にもたらす意義について、より具体的に論じます。
参考文献
- Arakaki, M., Christin, P.-A., Nyffeler, R., Lendel, A., Eggli, U., Ogburn, R. M., Spriggs, E., Moore, M. J., & Edwards, E. J. (2011). Contemporaneous and recent radiations of the world’s major succulent plant lineages. Proceedings of the National Academy of Sciences, 108(20), 8379–8384. https://doi.org/10.1073/pnas.1100628108
- Donoghue, M. J., & Sanderson, M. J. (2015). Confluence, synnovation, and the origins of evolutionary novelty. Proceedings of the National Academy of Sciences, 112(20), 6248–6253. https://doi.org/10.1111/nph.13367
- Durand, E. Y., Patterson, N., Reich, D., & Slatkin, M. (2011). Testing for ancient admixture between closely related populations. Molecular Biology and Evolution, 28(8), 2239–2252. https://doi.org/10.1093/molbev/msr048
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- Johnson, M. G., Pokorny, L., Dodsworth, S., Botigué, L. R., Cowan, R. S., Devault, A., Eiserhardt, W. L., Epitawalage, N., Forest, F., Kim, J. T., Leebens-Mack, J. H., Leitch, I. J., Maurin, O., Soltis, D. E., Soltis, P. S., Wong, G. K.-S., Baker, W. J., & Wickett, N. J. (2019). A universal probe set for targeted sequencing of 353 nuclear genes from flowering plants. Systematic Biology, 68(4), 594–606. https://doi.org/10.1093/sysbio/syy086
- One Thousand Plant Transcriptomes Initiative. (2019). One thousand plant transcriptomes and the phylogenomics of green plants. Nature, 574, 679–685. https://doi.org/10.1038/s41586-019-1693-2
- Pritchard, J. K., Stephens, M., & Donnelly, P. (2000). Inference of population structure using multilocus genotype data. Genetics, 155(2), 945–959. https://doi.org/10.1093/genetics/155.2.945
- Weitemier, K., Straub, S. C. K., Cronn, R. C., Fishbein, M., Schmickl, R., McDonnell, A., & Liston, A. (2014). Hyb-Seq: Combining target enrichment and genome skimming for plant phylogenomics. Applications in Plant Sciences, 2(9), 1400042. https://doi.org/10.3732/apps.1400042
- Wright, S. (1965). The interpretation of population structure by F-statistics with special regard to systems of mating. Evolution, 19(3), 395–420. https://doi.org/10.1111/j.1558-5646.1965.tb01731.x