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分子系統学の解像度 第4回

multi-locus 解析と遺伝子樹の不一致

はじめに

前ページまでで見てきたように、cpDNAとITSはそれぞれ異なる遺伝様式と進化速度を持つがゆえに、しばしば互いに矛盾する系統仮説を示します。この不一致を単なる解析上の誤差として片付けるのではなく、種分化過程そのものを反映するシグナルとして体系的に扱うために発展してきたのが、multi-locus解析と、その理論的基盤であるコアレセント理論です。本ページでは、複数遺伝子座を統合する意義と、遺伝子樹(gene tree)が種樹(species tree)と一致しない理由を、簡単な確率モデルとともに整理したうえで、この不一致をどのように統計的に扱うべきかという方法論上の論点を概観します

1. cpDNA+ITS+核遺伝子の統合解析

単一マーカーに依存した系統推定は、そのマーカー固有の遺伝様式や進化速度に起因するバイアスから逃れることができません。この問題に対処する最も直接的な方法は、由来の異なる複数の遺伝子座——cpDNA、ITS、そして低コピー核遺伝子——を同時に解析に組み込むことです。各遺伝子座は独立した遺伝的履歴(系譜)をたどるため、複数の遺伝子座から一貫して支持される系統関係は、単一マーカーに由来するアーティファクトである可能性が低く、より頑健な仮説とみなすことができます(Zimmer & Wen, 2012)。

もっとも、複数の遺伝子座をどのように統合するかについては、大きく分けて二つのアプローチが存在します。ひとつは、すべての遺伝子座の配列を単純に連結(concatenation)し、あたかも一つの巨大な遺伝子座であるかのように扱って単一の系統樹を推定する方法です。もうひとつは、遺伝子座ごとに個別の遺伝子樹を推定したうえで、それらを統計的に統合して種樹を推定する方法です。連結法は計算上の単純さから長らく標準的な手法として用いられてきましたが、後述するように、遺伝子座間の系譜が実際に異なりうるという集団遺伝学的な事実を無視しているため、特定の条件下では統計的に不整合な(真の種樹に収束しない)結果を導くことが理論的に示されています。この限界が、以下に述べる遺伝子樹・種樹問題への関心を高めることになりました。

2. 遺伝子ごとに系統が異なる理由

複数の遺伝子座から独立に推定された系統樹が互いに異なるという現象は、実務的には「ノイズ」や「解析エラー」として扱われがちですが、集団遺伝学的には十分に予測可能な帰結です。種分化とは、集団が徐々に生殖的に隔離されていく連続的な過程であり、ゲノム中の各遺伝子座は、この過程の中でそれぞれ独立に祖先集団内の系譜をたどります。したがって、種分化がごく短期間のうちに連続して生じた場合(放散)、個々の遺伝子座がどの系統関係を反映するかは、遺伝子座ごとに異なりうるのです。この現象の主要な原因として、以下に述べる不完全な系統ソーティングと遺伝子流入の二つが挙げられます。

3. incomplete lineage sorting

この現象の主要な原因のひとつが、不完全な系統ソーティング(incomplete lineage sorting, ILS)です。三種の系統関係 ((A, B), C) を例にとると、祖先集団内で対立遺伝子系譜がまだ完全に分岐しきっていない場合、遺伝子座によってはCの系譜がAよりも先にBの系譜と合祖してしまうことがあります。この確率は、コアレセント理論の枠組みで次のように近似できます(Pamilo & Nei, 1988)。

\( P(\text{一致}) = 1 - \frac{2}{3} e^{-t} \)

ここで t は、種AとBの共通祖先から種Cが分岐するまでの内部枝長を、有効集団サイズで基準化したコアレセント単位(世代数を2N_eで割った値)で表したものです。この式が示す本質は明快です。内部枝長 t が短いほど、すなわち種分化間隔が短く、かつ有効集団サイズが大きいほど、真の種樹とは異なる遺伝子樹が得られる確率——不一致の確率 (2/3)e^(−t)——が高くなるということです。極端な場合、この不一致の確率が1/3を超え、真の種樹を支持する遺伝子樹よりも、特定の誤った遺伝子樹のほうが高頻度で観察されるという逆説的な状況(anomalous zone)も理論的に生じえます。急速な放散を経た分類群において遺伝子樹間の不一致が特に顕著になるのは、この理論的帰結によるものです(Degnan & Rosenberg, 2009)。

4. introgression(遺伝子流入)

遺伝子樹の不一致を生むもうひとつの主要な過程が、種間の遺伝子流入(introgression)です。ILSが祖先集団に由来する確率的な過程であるのに対し、introgressionは種分化後に生じた交雑と戻し交配を通じてゲノムの一部が種間を移動する過程であり、原理的に異なる現象です。しかし両者は、遺伝子樹の不一致という同一の観察結果をもたらすため、これらを統計的に区別することが実務上の重要な課題となります。ゲノム規模のデータを用いてアレル頻度パターンの偏りを検定するABBA-BABA検定(D統計量)などの手法は、この区別を可能にする代表的なアプローチとして発展してきました(Durand et al., 2011)。こうした手法は、単なる系統関係の推定にとどまらず、種の境界を越えた遺伝子流動そのものを定量する手段としても用いられており、種間交雑や倍数化を頻繁に経験する分類群の進化史を理解するうえで、今日では欠かせない解析枠組みとなっています。

5. 種樹と遺伝子樹の違い、そしてcoalescentモデルの必要性

以上のように、遺伝子樹は種樹の単なる縮図ではなく、それ自体が集団内の確率過程を経て生成される独立した実体です(Maddison, 1997)。したがって、種樹を正確に推定するためには、個々の遺伝子樹を単純に多数決的に採用したり、全遺伝子座の配列を連結して単一の系統樹を推定したりする方法では不十分であり、しばしば誤った——時には統計的支持率の高い、いわゆる「anomalous gene tree」に基づく——結論を導くことが理論的に示されています(Kubatko & Degnan, 2007)。

この問題を克服するために発展したのが、複数の遺伝子樹から確率モデルにもとづいて種樹を推定するコアレセントベースの種樹推定法です。実装上は大きく二つの系統に分かれ、遺伝子樹をあらかじめ推定したうえでそれらを要約統計量として種樹を推定する要約法(summary method)と、配列データから遺伝子樹と種樹を同時に推定する完全尤度法(full-likelihood method)とが並行して発展してきました。前者は計算負荷が比較的軽く、核ゲノム規模の多数の遺伝子座を扱う現代的な解析で広く採用されている一方、後者はより精緻なモデル化が可能な反面、計算コストが分類群数の増加に伴って急激に増大するという制約があります。いずれの方法においても共通しているのは、遺伝子樹間の不一致はもはや排除すべきノイズではなく、種分化過程のパラメータ(分岐年代、有効集団サイズ、交雑の有無)を推定するための積極的な情報源として扱われるという点です(Edwards, 2009)。

おわりに

multi-locus解析は、単一マーカーの限界を補うための実務的な要請から出発しましたが、その発展の過程で、遺伝子樹と種樹の乖離という、より根本的な理論的問題を浮かび上がらせました。ILSとintrogressionという二つの過程は、いずれも遺伝子樹の不一致という共通の観察結果をもたらすため、これらを統計的に切り分けるには、より多くの独立した遺伝子座からの情報が不可欠です。次ページからは、こうした要請に応える形で発展してきた核ゲノム規模解析——RAD-seq、target enrichment、全ゲノムシークエンシング——について、その原理と応用を詳しく見ていきます。

参考文献