分子系統学の解像度
第2回 cpDNA(葉緑体DNA)の特徴と限界
はじめに
前ページでは、分子系統学がcpDNA解析を出発点として発展してきた歴史的経緯を概観しました。本ページでは、この葉緑体DNA(cpDNA)という情報源が持つ遺伝的特徴と、それに由来する原理的な限界について、より詳しく掘り下げます。cpDNAは分子系統学の黎明期を支えた最も基本的なマーカーであると同時に、その限界を正しく理解しておくことが、後続のITS解析やmulti-locus解析、さらには核ゲノム規模解析の必要性を理解するうえで欠かせません。本ページでは、cpDNAの遺伝的性質を分子時計モデルという定量的な枠組みから捉え直したうえで、それがなぜ多肉植物のような分類群において特に誤解を生みやすいのかを論じます。
1. cpDNA の遺伝的特徴
葉緑体は、もともと独立した原核生物であったシアノバクテリアが真核細胞に取り込まれ、細胞内共生を経て成立した細胞小器官であると考えられています。この起源を反映して、葉緑体は核とは独立した独自のゲノムを保持しており、被子植物の多くにおいて母性遺伝(maternal inheritance)することが知られています。花粉を介した父性側の葉緑体は多くの種で受精後に排除されるため、cpDNAは基本的に種子親の系譜のみをたどる、単一の遺伝様式として伝達されます。核ゲノムのように両親由来の対立遺伝子が組み合わさることがなく、減数分裂に伴う組換えもほとんど生じないため、cpDNAは分岐のない一本の系統として扱うことができます。さらに、葉緑体は一細胞あたり多数のコピーを持つためDNA抽出が比較的容易であり、rbcL や matK、あるいは trnL–trnF 領域や psbA–trnH 遺伝子間スペーサーといった特定領域は、増幅効率の高さと汎用性から、DNAバーコーディングや系統解析の標準マーカーとして広く採用されてきました(Kress & Erickson, 2007)。この扱いやすさこそが、分子系統学の黎明期においてcpDNAが真っ先に採用された実務的な理由でもあります。
2. 進化速度の遅さ
cpDNAの最大の特徴のひとつは、核ゲノムに比べて塩基置換速度が著しく遅いことです。DNA配列間の遺伝的距離と分岐年代の関係を最も単純化した分子時計モデルであるJukes-Cantorモデルでは、この関係は次のように表されます。
ここで p は観測される塩基置換の割合、μ は塩基あたりの置換速度、t は分岐からの経過時間を表します。この式が示す本質は単純で、置換速度 μ が小さいほど、同じ時間 t が経過しても観測される変異 p は小さくなるということです。さらに、この関係は時間が経過するほど飽和(saturation)に近づくという性質も持っており、置換が繰り返し同じ部位で生じることで、実際の分岐年代よりも遺伝的距離が過小評価される現象(多重置換の見落とし)も生じえます。cpDNAはこの μ の値が核ゲノムに比べて一桁近く小さいことが知られており、これが以下に述べる種レベルでの解像度不足の直接的な原因となっています。加えて、葉緑体ゲノムは全体としてほぼ同一の遺伝様式に従うため、ゲノム内の複数領域を組み合わせて解析しても、実質的には単一の遺伝子系譜を反復して観察しているにすぎないという点も、しばしば見落とされがちな限界です。
3. 種レベルで解像度が不足する理由
置換速度が遅いということは、比較的最近に分岐した近縁種間では、cpDNA配列にほとんど変異が蓄積していない可能性が高いことを意味します。とりわけ、更新世以降の比較的新しい放散を経た分類群や、種分化が急速に進んだ分類群では、cpDNA配列だけを頼りに種間の系統関係を解像することは困難です。このような場合、系統樹の内部枝は極めて短くなり、統計的支持率の低い多分岐(polytomy)として表現されてしまうことが少なくありません。さらに、単一の母性遺伝マーカーであるcpDNAは、そもそも種分化の過程で生じる集団内の変異プロセス——不完全な系統ソーティング(incomplete lineage sorting)や遺伝子流入(introgression)——を捉える手段を持たないという構造的な制約も抱えています。これらの過程は種樹(species tree)と個々の遺伝子系譜(gene tree)の乖離を生む主要な要因として理論的に整理されており(Kubatko & Degnan, 2007; Edwards, 2009)、単一のcpDNA系統樹だけでは、こうした乖離の存在自体を検出することができません。この限界こそが、より進化速度の速いITS領域が種レベル解析において重視されるようになった直接の背景です(Baldwin et al., 1995; Zimmer & Wen, 2012)。
4. 収斂進化との相性
cpDNAの限界は、単に解像度が不足するという定量的な問題にとどまりません。より本質的な問題は、cpDNAが単一の遺伝子系譜しか反映しないという性質そのものにあります。形態形質が独立に類似した状態へと収斂する現象(convergent evolution)は、乾燥適応や着生生活、あるいはCAM型光合成の獲得といった強い選択圧のもとで植物界の随所に見られますが、cpDNA解析はこの収斂そのものを検出する手段を持ちません。むしろ、cpDNAが示す系統的近縁性と、形態的類似性という二つの情報が偶然一致してしまった場合、収斂の存在がかえって見過ごされるという逆説的な事態も生じえます。逆に、系統的に近縁でありながら生態的分化によって形態が大きく異なる分類群では、外部形態から想定される類縁関係とcpDNA系統樹が一致しないという、もう一方向の誤解も生じます。分類群間で独立に生じた進化的革新が組み合わさることで新規性が生まれる過程は、こうした収斂と分岐の相互作用として、分子系統学の文脈でも重要な論点として論じられています(Donoghue & Sanderson, 2015)。
5. cpDNA が有効な分類群
以上のような限界がある一方で、cpDNAは科・属といった比較的高次の分類階級における系統推定においては、依然として有効な情報源です。進化速度が遅いという性質は、逆に見れば、長い時間スケールにわたって安定したシグナルを保持しているということでもあります。分岐年代が古く、系統間の分岐に十分な時間的間隔がある分類群であれば、cpDNAは母性遺伝という単純な遺伝様式のもとで、明快で内部矛盾の少ない系統仮説を提供してくれます。また、近年では単一遺伝子座ではなく葉緑体ゲノム全体を対象とするプラストーム・スキミング(plastome skimming)のような手法も普及しており、限られたコストで多数の変異部位を同時に得ることで、古典的なcpDNA解析の解像度不足をある程度補うことも可能になっています。
6. cpDNA が誤解を生むケース(多肉植物で頻発)
多肉植物分類群においては、cpDNA解析が誤った系統仮説をもたらす事例が特に多く報告されてきました。その背景には、乾燥適応にともなう形態的収斂の著しさに加え、多肉植物の主要系統の多くが比較的近い地質学的時代に同時多発的に放散したという進化史的な事情があります(Arakaki et al., 2011)。放散が急速であるほど、系統間の分岐間隔は短くなり、進化速度の遅いcpDNAでは十分な変異が蓄積される時間的余裕がありません。その結果、cpDNA単独の系統樹では実際には系統的に遠縁である分類群同士が、見かけ上、近縁であるかのように示されてしまうことがあります。さらに、Aloe属やEuphorbia属、Agave属、Dudleya属のように、種間の交雑や倍数化を経験しやすい分類群では、母性遺伝であるcpDNAが片方の親系統のみを反映してしまうため、雑種起源の分類群がいずれか一方の親に近い位置に配置され、もう一方の親との関係が完全に見えなくなるという問題も生じます。次世代シークエンシング技術の登場以前は、この種の誤解を検証する手段が限られていましたが、現在ではtarget enrichment法(Weitemier et al., 2014)や、より多くの遺伝子座を同時に扱う核ゲノム規模解析(One Thousand Plant Transcriptomes Initiative, 2019)によって、こうした問題を相対化することが可能になっています(Smedmark et al., 2012)。
おわりに
cpDNAは母性遺伝という単純な性質ゆえに扱いやすく、高次分類階級の系統推定において今なお重要な役割を果たしていますが、進化速度の遅さに由来する解像度不足と、収斂進化や雑種起源を検出できないという原理的な限界を併せ持っています。これらの限界は、とりわけ多肉植物のように急速な放散と著しい形態的収斂、そして種間交雑を経験しやすい分類群において顕在化しやすいものです。次ページでは、この限界を補う目的で1990年代半ば以降に広く採用されるようになったITS領域について、その役割と、それ自体が抱える固有の問題点——多コピー性に由来するconcerted evolution——を詳しく見ていきます。
参考文献
- Arakaki, M., Christin, P.-A., Nyffeler, R., Lendel, A., Eggli, U., Ogburn, R. M., Spriggs, E., Moore, M. J., & Edwards, E. J. (2011). Contemporaneous and recent radiations of the world’s major succulent plant lineages. Proceedings of the National Academy of Sciences, 108(20), 8379–8384. https://doi.org/10.1073/pnas.1100628108
- Baldwin, B. G., Sanderson, M. J., Porter, J. M., Wojciechowski, M. F., Campbell, C. S., & Donoghue, M. J. (1995). The ITS region of nuclear ribosomal DNA: A valuable source of evidence on angiosperm phylogeny. Annals of the Missouri Botanical Garden, 82(2), 247–277. https://doi.org/10.2307/2399880
- Donoghue, M. J., & Sanderson, M. J. (2015). Confluence, synnovation, and depauperons in plant diversification. New Phytologist, 207(3), 696–710. https://doi.org/10.1111/nph.13367
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- Kubatko, L. S., & Degnan, J. H. (2007). Inconsistency of phylogenetic estimates from concatenated data under coalescence. Systematic Biology, 56(1), 17–24. https://doi.org/10.1080/10635150601146041
- One Thousand Plant Transcriptomes Initiative. (2019). One thousand plant transcriptomes and the phylogenomics of green plants. Nature, 574, 679–685. https://doi.org/10.1038/s41586-019-1693-2
- Straub, S. C. K., Parks, M., Weitemier, K., Fishbein, M., Cronn, R. C., & Liston, A. (2012). Next-generation sequencing for plant systematics. American Journal of Botany, 99(2), 349–364. https://doi.org/10.3732/ajb.1200020
- Weitemier, K., Straub, S. C. K., Cronn, R. C., Fishbein, M., Schmickl, R., McDonnell, A., & Liston, A. (2014). Hyb-Seq: Combining target enrichment and genome skimming for plant phylogenomics. Applications in Plant Sciences, 2(9), 1400042. https://doi.org/10.3732/apps.1400042
- Zimmer, E. A., & Wen, J. (2012). Using nuclear gene data for plant phylogenetics. Molecular Phylogenetics and Evolution, 65(3), 1016–1029. https://doi.org/10.1016/j.ympev.2012.07.015